長南洋一
cyoic****@maple*****
2010年 11月 28日 (日) 22:32:18 JST
長南です。 ありがとうございます。よくわかりました。 白方さんのメールより [JM:00052] > > POSIX でわざわざループ検出の規定があると言うことは、 > 「UNIX ではディレクトリへのハードリンクは作れない」と決まって > いるわけではないんだろうと思います。 > 実際 Solaris なら作れるようですし。 マニュアルの著者は、Solaris のことも考えに入れて、この説明を 書いているのですね。Solaris だって Unix なんだから。 でも、たいていの Unix ではディレクトリへのハードリンクが 実際には作れないようですから、「ディレクトリに対するハード リンクを作れる Unix は少数である」あるいは、「Linux では ディレクトリに対するハードリンクは作ることができない」 といった訳注をどこかに入れておいた方が、読者を混乱させずに すむような気がします。でも、訳注をどこに入れたらよいのか。 それから、「そのエントリが普通のサブディレクトリだった場合と 比べて、ディレクトリのリンク数がたいてい少なくなるものだ」の 部分は、こんなふうに素直に訳そうかと思っています。今、迷って いる最中ですけれど。 ... ディレクトリがその中に上位ディレクトリへのハードリンク であるエントリを含んでいる場合は、ディレクトリのリンク数が、 本来ならそうあるべき数よりもたいてい少なくなるものだ。 > POSIX 的には、「ループを検出したら警告を出力しろ」となってる > けれども、GNU find は最適化によってループをつくるハードリンクを > 辿らない(そして警告を出力しない)ことがある。 > > ということなので、「GNU findを使って、警告が出るかどうかで > ループがあるかどうかを知ろうとする人なんていないでしょ」って > ことだと思います。 すっきりしました。それなら、「当てにしている人」ではなく、 「当てにする人」ですね。何を言っているのか、もっとピンとくる 訳があるとよいのですけれど。actually の訳し方でしょうか。 「実際に」とか「実用上」とか。何かありますか。 > シンボリックリンクはファイルシステムから見ると「特殊な属性のついた > ただのファイル」なので、ファイルシステム的に循環が > 発生しているわけではない、ということだと思います。 わたしには正確な知識がないので、おっしゃっていただいて、 安心しました。わたしの訳でだいたいよさそうですね。 -- 長南洋一