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OSDNを利用している開発者の方に、月ごとにインタビューを行っています。
「M+ FONTS」(エムプラス フォント)は日本語ゴシック体を含むFreeなフォントセットです。ビットマップフォントおよびTrueTypeフォントが用意されており、またウェイト(太さ)ごとにフォントファイルが用意されてます。単体で利用されるほか、VLゴシックなどほかのフォントと組み合わされての利用も盛んです。今回はM+ FONTSのメイン開発者でありプロジェクト管理者のcozさんこと森下浩司さんから、現在も拡張を続けるM+ OUTLINE FONTSのお話を中心に伺いました。
デザイン学校に通っていた頃、担当講師の推薦でとあるデザイン事務所にアルバイトとして転がり込みました。当時から第一線で活躍されていた先生の元で経験を重ね、やがて正式採用となり、チーフデザイナーの一人として認められるようになりました。1989 年からはロットリングペンの替わりに Macintosh II でロゴタイプの制作などを行うようになり、個人のためのコンピューターが現実のものになったことを確信します。1994 年に 13 年半勤めた事務所を退職。商業デザインの現場から離れ、結婚し、2000 年に双子の子どもが生まれました。現在は義父の家で家業を手伝っています。
保証に対する免責事項以外、特に制限のないライセンスで公開されているオリジナルフォントです。フリーフォントとしては類型の無い「モダンゴシック」系デザインと、豊富なウエイトバリエーションが特徴です。
2 種類のかな文字に 7 種類の欧文グリフを組み合わせ、プロポーショナルフォントが 4 種類(各 7 ウエイト)、固定幅フォントが 3 種類(各 5 ウエイト)用意されています。共用される漢字は 2009-08-01 時点の CVS で 1,725 文字。既に教育漢字が揃い、次の目標である常用漢字の完成を目指して作業中です。日常的で平易な文章の表示であれば「時々、足りない漢字が出てくる」程度の含有率になりました。UNIX/Linux 系 OS や Mac OS X などでは自動的に補完されるので、画面表示用としてほぼ実用的な段階になったと思っています。プロポーショナルフォントではラテン文字の他に主要なギリシア文字、キリル文字、国際音声記号、演算子、特殊記号などが揃い、多言語フォント、多目的フォントとしての利用も可能です。
デザイン面での特徴(として実現できていれば良いのですが、目的としていること)は、あくまでも普段使い用として多くの方に親しんでもらえる造形にあります。一部の先端的な方だけにしか理解されないような造形や、目立つことのみを目的とした「個性」とは対極の、使用する方が親しみを感じる文字でありたいと思っています。かといって、ただ「甘い」だけの文字にはしたくありませんので、その兼ね合いの実現にデザイン技術が必要となります。
PC や携帯端末を利用する全ての方々。と言いたいところですが、現状では足りない漢字が自動的に補完される環境に限定されます。しかし VL ゴシックなどの合成フォントを利用することで、より多くの環境の方にも試していただけるようになりました。
固定幅フォントの英数字はプログラム作業での利用を重視し、M+ BITMAP FONTS 制作時から頂いている多くのご意見を元に識別性の高い字形を心がけています、プログラマーの方々にはぜひお勧めしたいと思います。
自分自身には文字文化や言語文化の知識も無く、ただ表層的に字面をデザインすることしかできません。そんな様子を見かねた国内外の多くの専門知識を持った方々からご協力をいただき、自分でも驚くほどの拡張性を持ったフォントに成長を続けています。そもそも自分一人の力では、単なる文字デザインをフォントとして形成することさえ不可能でした。このような多くの方々から持ち寄られた無償の専門知識、専門技術の集積こそが M+ を支える核心であり、誇れるところだと思います。
グラフィックデザイナーとして文字に接していた者であれば誰でも、もし自分で書体を作ることができたらどんなに素晴らしいことだろうと考えたはずです。しかし大抵のデザイナーは日々の仕事に追われ、いつしかそんな夢を忘れてしまいがちです。幸いにも自分は商業デザインの現場から離れていたことで、逆に自由な時間を得ていました。技術的な問題は現プロジェクトメンバーが次々と解決してくださり、夢に描いていたことを現実に移す決心がつきました。
以上のように、M+ FONTS は多くの方々の無償のご協力が無ければ絶対に実現できなかったものです。その大切な成果を独り占めしようとは思いもしませんでした。また何かを制限するということは、どこかで線を引く決断をしなくてはならないということです。そのようなことで悩みたくはありませんし、制限することで自分に生じる義務も負いたくはありませんでした。
またフリーにすることで M+ FONTS を下敷きにした新たなフォントが生まれるかもしれませんし、もしかしたら未来の技術で、今は実現不可能と思われる様々な問題が解決されるかもしれません。その日が 5 日後でも、5 年後でも、50 年後でも、自分の存在の有無に関わらず、誰もが安心して利用することができるものを残すことができれば、創造する者としてこれ以上の名誉はありません。
1996 年頃、複雑化する Mac OS への悪戯心から、極力シンプルで見通しの良い環境を模索し始めました。中古の SPARCstation 2 を用意して、素人なりに SunOS + X11 + FVWM の環境を設定し M+ と名付けました。「M」は Minimum の「M」、「+」は Minimum 以上の「何か」を意味しています。ただ Minimum なだけではデザインになりません、「何か」の部分がその設計思想を際立たせ、普遍的な魅力を付加することになると信じているからです。
機材の変遷とともに OS も NetBSD、Linux(LFS)と変わりましたが、画面表示の重要な要素であるフォントが手付かずの状態だったことに我慢できず、2002 年に M+ BITMAP FONTS の制作を始めました。当時すでにビットマップフォントは時代遅れなものという認識が一般的だったので、あえて「BITMAP」と強調しました。その後アウトラインフォントを制作することとなり、M+ BITMAP FONTS に対しての M+ OUTLINE FONTS と名付けました。
制作初期の頃は ThinkPad 560X 上の LFS で Basilisk を作動させ、Mac OS System 7 用の Illustrator を使用していました。主力機にしていたノート PC で作業するための措置だったのですが、見るに見かねた方からのご寄付で 2005 年から iBook G4 と Illustrator CS に環境を整えて現在に至ります。Illustrator でデザインされたグリフは .svg ファイルに保存され、FontForge のスクリプト処理で .ttf ファイルに出力されます。
基本的には平日、家業の合間に制作(正しくは M+ の制作の合間に家業を :-)しています。
各グリフのデザインはその骨格を意識する必要があるため、最も細いウエイトの Thin から始めています。続いて最も太く物理的な制約の厳しい Black をデザイン、Thin と Black の中間ウエイトをブレンドツールで生成して Medium の叩き台とします。フォントファミリーの中核となる Medium を仕上げた後は、再びブレンドツールで Thin と Medium の間の Light と Regular を、Medium と Black の間の Bold と Heavy を生成します。これらの中間ウエイトではそれほど極端なデザイン的破綻は生じませんが、各段階のウエイト感、量感に留意しながら必要に応じて細部を調整していきます。プロポーショナルフォント用のグリフであれば左右の bearing 値、グリフ間の kerning 値も設定します。
夕方、適当なところで切り上げた後は、その日に追加したグリフを確認するために FontForge のスクリプト処理で .ttf ファイルを出力します。グリフ数の拡大に伴ってスクリプト処理に要する時間も増大し、最近では 4 時間近くかかるようになってしまいました。無事に make が終了し、最新 .ttf ファイルに間違いが無いことを確認したら、CVS を update しつつ M+ LOG(http://mplus-fonts.sourceforge.jp/cgi-bin/blosxom.cgi)にエントリーを転送します。
デザイン作業の中で判断に迷ったり、膨大な数の漢字を前にして唖然とすることはありますが、それらのことで苦労を感じることはありません。いずれも創造する喜びの一部と感じているからです。
困っている、というか残念に思っていることは、最も一般的な環境といえる Windows のフォントレンダリングがあまりに特殊で、特に日本語のフォントデザインをそのデザインのまま再現してもらえないことです。メリハリを付けることのみを重視し、デザインを再現することは放棄しているように思えます。時々 WEB 上で「M+ の文字は綺麗だ」または「M+ の文字は汚い」という感想とともに Windows での表示画面を見かけることがありますが、どちらにしても貧弱に崩れてしまった文字をみると複雑な気持ちになります。
一身上の都合で慌ただしい商業デザインの現場から離れ、結婚し、子どもを授かり、家族との大切な時間を共有する贅沢を得ることができました。商業デザイナーを続けていれば獲得したかもしれない業績に未練はありませんでしたが、一方「デザイナーではない自分」に戸惑っていた時期があったことも事実です。M+ FONTS という自分の居場所を見つけ、再び創造する現場に自らを置くことができたことはこの上ない幸運であり、モチベーションを失う暇などありません。
馴染みの無いグリフをデザインする際に、今までのフォントはどのような解決をしたのか、と眺めることはあります。しかし作業時において、具体的な意味で他のフォントを参考にすることはありません。
先ほど「グラフィックデザイナーとして文字に接していた者であれば誰でも、もし自分で書体を作ることができたらどんなに素晴らしいことだろうと考えたはずです」と述べました。当時、文字と接していながら「もっと、こうなっていれば良いのに」とか「自分だったらこうするのに」などと考えていたものです。それは既存書体の欠点をあげつらうという意味ではありませんし、自分だったらもっと良い書体を作れるといった驕りでもありません。そのように自然に感じた差異の積み重ねが、自分のデザイナーとしての個性になるのだと思います。
M+ OUTLINE FONTS の各グリフをデザインするにあたって、特に苦労することもなく形作ることができたのは、そのような思考の蓄積があったからだと思います。もちろん尊敬し、常に気になる存在の書体はありますが、個々のデザインというよりも全体的な印象として比較対象にしています。例えば Helvetica のような洗練された整理の仕方に憧れつつ、Helvetica ほどには管理したくない。Frutiger のような伸びやかでいて上質な曲線に憧れつつ、Frutiger ほどの個性は欲しくない。日本語部分では、ゴナの斬新で現代的な骨格に憧れつつ、ゴナほどの覚悟は無い。といった感じです。
2003-11 制作開始。
2003-12 TESTFLIGHT-001 公開。ひらがな以外は M+ BITMAP FONTS のグリフをアウトライン化しただけの試用版でした。TESTFLIGHT-006 にてカタカナも完成しましたが、この後も数年に及ぶ微調整が続きます。英数字の組み込みスクリプト完成を待つ間に、先行して各グリフのデザインを進めます。
2004-10 TESTFLIGHT 008 公開。かな文字が 2 種類に増えました。
2005-12 TESTFLIGHT 010 公開。基本的なプロポーショナル英数字を追加し、暫定的に組み込んでいたビットマップフォント由来の漢字を除去しました。
2006-10 TESTFLIGHT 012 公開。基本的な半角固定幅英数字を追加しました。
2008-06 TESTFLIGHT 015 公開。教育漢字を含む約 1,200 文字の漢字を追加しました。
以後、漢字と欧文グリフの拡張を続け、最新版の TESTFLIGHT 025 では 1,705 文字の漢字と多くの拡張欧文グリフが含まれています。
一般的に使用される欧文グリフに関しては、ほぼ網羅されていると思いますので、実用的な漢字の拡張が当面の目標となります。まず最初に常用漢字 1,945 文字(教育漢字を含む)の完成、その次に第一水準漢字 2,965 文字(教育漢字、常用漢字を含む)の完成。ここまで揃えば、感覚的には一般的な文章の 98% 以上を表現することができそうです。その後は第二水準以降の漢字の中から使用頻度に応じて単発的に追加していくことになります。この間も、専門的な分野で使用される特殊な欧文グリフなどのご要望があれば、極力実現できるようにしたいと思います。
まず使用してもらえることが最大の喜びであり、作業の励みとなります。足りない漢字が補完される(さらには自然なフォントレンダリングが実装された)環境であれば、懸念する以上に実用的な「モダンゴシック」の表示がなされ、補完された漢字が気になることはほとんど無いことに気付かれると思います。多くの方に使用してもらえることで、これまで以上に問題点も発見されるはずです。そのような問題点をひとつずつ解決することで、少しでも「完成」に近づけたいと思います。
SourceForge.JP の充実したサービスと丁寧なマニュアル類のおかげで、コンピューターやプログラミングの素人である自分にも M+ FONTS の開発環境を構築することができました。オープンな理念を共有する「プログラマーではない方々」も引き入れて、SourceForge.JP の元に様々な分野の知識や技術が集結し、互いを高め合うような協力体制ができれば素晴らしいと思います。
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LastUpdate: 2011-09-09 11:40:53, ModifiedBy: anonymous
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